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語り場ガイナビーツ

色々と思った事とか、感動した事を興奮気味に書いていく。そんな場所です。

終戦の日に見るゴジラ

原爆投下の日や終戦の日があるこの時期は、戦時中の体験談を聞く会などが多く開かれるようになります。戦争の体験を聞かせる事で戦争の恐ろしさを伝えていく活動が活発ですが、少し意見したい部分があります。

 

果たして体験談で戦争を語り告げるのか?

 

という事です。体験談を語る方も段々と高齢になっていき、そのうち戦争の時代を生きた人々はいなくなってしまいます。そして何より問題なのは、体験談や資料で残せるものが戦争の悲惨さとグロさのみだという事だと思うのです。

 

確かに「戦争をしてはいけない」という教訓は得られます。しかし、戦争がもたらす「恐怖」はわからないのではないでしょうか。しかも「歴史の勉強」という意味合いが強いため印象に残りづらいと思います。

 

逃げ遅れれば死に、危機を察知しなければ助からない。自分が死ぬかもしれない恐怖を感じることは体験談では出来ないのです。言葉のみでは「ああ、大変だね、悲惨だね」で済まされてしまうのではないでしょうか。では、何が戦争の恐怖を感じられるのでしょうか。

 

ゴジラ

 

1954年に制作された怪獣映画の元祖、ゴジラです。簡単に言えばゴジラは第二次大戦のメタ映画です。しかし、この映画にグロテスクな場面はありません。この映画には東京を蹂躙するゴジラのみが描かれるのです。身長50mのゴジラはゆっくりと街を歩き、東京を火の海にしていきます。

 

文章に書き起こすのが難しいですが、ただ単純にそれだけなのに怖いのです。ゴジラはゆっくりと歩きながら恐怖を運んでくるのです。戦後復興し、まだ戦争の残り香がある時代に作られた戦争を追体験する映画。本物の戦争をもう一度体験するから怖い。

 

戦争を知るには体験談を聞いたり、資料を資料館で見るのも大切です。しかし、恐怖を知る意味で、ゴジラを見るのも後世に戦争を伝えられる大切な事ではないでしょうか。

 

(因みに、ゴジラを見るときは「歴史の勉強」ではなく娯楽作品として見る事が重要です。あくまでスゴイ怪獣映画として見てみてください。その後にゴジラ本来の意味を考えると怖さ増しましです。)