語り場ガイナビーツ

色々と思った事とか、感動した事を興奮気味に書いていく。そんな場所です。

ウルトラマンが嫌いだった話 前編

本日、待望の新シリーズ「ウルトラマンジード」の第1話がめでたく放送となりました。べリアルの息子と言う衝撃的で某ギャングスターも親近感を感じてしまいそうな設定。デザインやファイティングポーズから考えるに「ウルトラマンパワード」と同じタイプを思わせるデザイン(パワードに似たウルトラマンは史上初)と、発表からかなり飛ばしてたジード。

 

本編は「つまらなかったらどうしよう」と不安でしたが、公式配信で見たら結構面白くて安心。2話も楽しみです。敵怪獣のベリアル融合獣の凶悪な感じが素敵。ジードの戦闘は「初変身」と言うシチュエーションもあってか控えめなのが残念でしたが、次回では派手な格闘を見せてくれるでしょう。控えめな格闘って点では、それもパワードに似てたかも。

 

 

 

 

真面目に感想書いてますが実は私、少し前までウルトラマンが嫌いでした。今回はその話を。

 

「少し前」の言葉通り、私は生まれてこの方ずっとウルトラマンが嫌いなわけではなく、嫌いになってしまったのはウルトラマンメビウスが終わってからでした。ティガから始まる平成ウルトラの中でも、ウルトラ兄弟たちが密接に物語にかかわるメビウス。無論、マン、セブン、ジャックが好きな自分もメビウスは大好きでした。

 

小さなころには「ウルトラマンコスモス」がリアルタイムで放送されていて、少年時代はコスモスからメビウスまでの作品のリアルタイムを体験。生活の中にウルトラの世界があったようなものでした。

 

しかし、風向きが変わったのは劇場作品の超ウルトラ8兄弟のあたり。大怪獣バトルがスタートした頃です。全国ネットでウルトラマンが放送されることはなくなり、過去作品の怪獣が戦いあう「ウルトラファイト」的な作品が始まりました。そこに新たなウルトラの光はなく、あるのは過去の「使いまわし」のように見えるシリーズ。子供心に

 

「子供のおもちゃ遊びをテレビに映しただけじゃないか」

 

と感じました。更には「ウルトラマンゼロ」なる新戦士の登場。「セブンの息子」を名乗り、あろうことか変身者はおらずアニメ声でしゃべる。そして極めつけは大怪獣バトル全体に流れる「怪獣は味方」という空気。『ゴモラは皆の味方で強い怪獣。必殺技は「ゴモラ衝撃波」!人間と一緒に戦うぞ!』。ここから私の心は黒く染まっていき、ウルトラの光は消えていきました。

 

「見なくても分かる。あれは僕の好きな円谷プロの作品じゃない」

 

見もせずに作品の良し悪しを判断するのは間違いだと重々承知ではありますが、コレだけは本気で見る気が起きず、完全に拒絶していました。それ以降も全く興味がわかず、ギンガ、ギンガSも無視。ウルトラマンの廃りを見ているようで悲しい気持ちになり、もうウルトラマンメビウスまででいいと心を閉じていました。

 

 

 

過去作品への依存。既存のウルトラから外れた展開。どれをとっても好きになれず、仮面ライダースーパー戦隊のように「レジェンド」をいやと言うほど推してくるオモチャ主導の作品になってしまったんだなと悲しく俯きながら、新ウルトラマン列伝を完全無視していました。そしてそのどん底の気分の中で始まったのがウルトラマンXでした。

 

「新ウルトラマン列伝が終わる」と言う、その頃の自分からすると吉報だったその発表と同時に始まったウルトラマンX。スパークドールズや相変わらずの過去作依存と不満点は多くて少し拒絶反応が出てきてはいましたが、前半の何話かを公式配信で視聴。ゼロやマックスが出てきたり、過去作品の怪獣やキャラクター化された宇宙人どもが出てきて結局興味がなくなり「どうせ新ウルトラマン列伝と変わらないじゃん」と数話で見るのをやめてしまいました。

 

「結局ウルトラマンはもう駄目なんだ」と黒い心のままXも無視。確かに特撮やCGの使い方がかっこいいし、映像の進化が感じられてとてもいい映像が作られていて感動はしたけれども、やはり「ウルトラの光」は見出せませんでした。過去の名作に縛られた哀れで堅物なファンと言われればそうですが、そういうファンだからこそあの頃のウルトラマンに戻ってきてほしいと言う思いが強かったです。

 

超ウルトラ8兄弟を見て泣いたあの時の感動はもう味わえないのだろうか。私のウルトラマンメビウスまでで終わったのだろうか。嫌になったのならとっとと卒業すればいいのに。それでも何か諦めきれないものがあって、でも目の前にあるのは自分の望むものではない。不思議な気持ちと苛立ちが自分の中で渦巻きながらもXの放送が終了し、次の作品が発表となりました。そのタイトルは

 

ウルトラマンオーブ

 

 

後編につづく